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年末年始
1月ももう5日になってしまい、今日から働いております。長いことブログを書いていなかったので、今年こそはもっとたくさん書きたいなと望みつつ、この間の出来事などを書いてみようと思います。
12月は月の半ばに会社の事務所が新宿に引っ越したので仕事面では少しバタバタしていました。年末までにしておかなければならないことを年末までにしておいて、普段あんまり取得しないのでだいたい大型連休を拡張することになる有給休暇を年末に取ることにして、25日が仕事納めとなりました。また、家庭面では11月末から妻の実家で預かってもらっていた息子を19日に東京に連れて帰ってきました(妻が前日の深夜バスで富山駅、そこから空港バスで富山空港。息子は妻のお父さんが家から空港へ)。約4週間ぶりに羽田で息子に再会したら、最初はちょっと照れくさそうにしていたけれどすぐに笑顔を見せてくれたのでうれしかったです。その日は忙しくて、その足で区のファミリーサポートのサポーターの方との打ち合わせ(年内に一度預かってもらうための事前打ち合わせ)、モスバーガーで昼食を摂って(息子は妻のセットのコーンスープばかり飲んでた)、一度家に荷物を起きに帰ってからすぐにかかりつけの小児科で新型インフルエンザのワクチン接種をしました。
久しぶりに子供とお風呂に入るのを楽しみにしていたのですが、富山にいるときから風邪気味だったみたいで、21日22日と2日続けてファミリーサポートのサポーターの方に預かってもらう予定だったのですが、22日は朝から高熱を出していて預かってもらうことが出来ず、妻が就職活動の面接をキャンセルして子供を病院に連れて行ってくれました。23日にクリスマスパーティーをしたのですが(天皇誕生日は祝ってません)、用意していた飛行機のおもちゃを子供にプレゼントしたら、セットで付いている空港で働く車の方が気に入ったみたいでした。箱を見ると対象年齢が3歳以上となっていて、トミカの飛行機なのでそれなりに重量もあって投げつけられるとけっこう危ない感じです。パーティーということで部屋に飾り付けをして(そういえばツリーがなかったな)、ピラフと唐揚げとチーズケーキを手作りしてみんなで食べました。大人はそこにスパークリングワインを付けましたが、それ以外はまったく同じものを食べたので、そういうところでも子供の成長を感じることが出来ます。
それからも子供はずっとぐずぐずしていたので、結局、26日の早朝の便で大阪に帰省するときも熱が高かったらどうしよう、無理させることは出来ないなとハラハラしていたのですが、なんとか大阪に行くことは出来ました。それでもまだ熱があったので、大阪では妻の妹に車を借りて移動することになりました。これが幸いしたのかどうか、また大阪に着いた初日が暖かかったこともあったからか、どうやら車での移動中にチャイルドシートで眠ってる間に汗をかいて熱が下がってきたのです。大阪では初日に祖母の家へ行って、次の日に友人家族の家におじゃまして昼食をご馳走になって、夜ごはんに西中島南方の韓国料理屋に連れて行ってもらいました(韓国人のヨンスンさん家族です)。1年半ぶりくらいにあった友人家族の上の子がすっかり大きくなっていてびっくりしたのと、初めて会う下の7ヶ月の女の子が本当におとなしくて、男の子と女の子とでは赤ちゃんの頃からこんなに違うものなのかと思わされました。最終日は梅田でボクの母親と食事をしたのですが、子供連れに良いという評判のレストランでオレンジジュースを飲んでいたら子供が嘔吐してしまいました。嫌な顔一つせずに応対してくれた店員もすばらしかったし、子供連れに良いという評判もその通りで、テーブルとテーブルの間もゆとりがあって良いし、ボクたちが店に入ったのは11時の開店直後だったのですが、そのあとも子供連れの人が何組か来店していたし、ビルの3階にあるのですが全面ガラス張りの窓際の席からは梅田駅を発着する阪急電車が丸見えで息子はすっかりお気に入りでした。ボクが大阪を離れてから出来た新しい建物だと思うのですが、今後、梅田で子供を連れて食事をするならここだな(もしくはもう一つ上の階の店も同じように子供連れによいらしいのでそっちか)と思っています。嘔吐して服が汚れてしまったので母親がコムサで新しく買ってくれました。軽くお茶して、ボクたちはサンダーバードで金沢へと向かいました。
息子はつい最近まで妻の実家にいたので、勝手知ったるがごとく、家に着くなりおもちゃ箱からおもちゃを出して遊んでいました。大阪から金沢までの道中が大変だったので(数分おきに子供がぐずるのでひっきりなしに車両と車両の間に出て外の景色を見たりしていた)、ボクたちはやっと落ち着くことが出来たような次第です。富山での年末年始はいつものように食べることと飲むこととテレビを見ることと寝ることと、出かけるのは少しだけと言ったような日々でした。出かけたのは回転寿司とスーパー銭湯と元旦にショッピングモールへ行ったくらいです。元旦は雪がすごくて、大阪から車で来ていた妻の妹の車のタイヤをスタッドレスに付け替えていました。3日の早朝の便で東京に戻ってきたのですが、再び子供を預かってもらうことにしたのでまだ寝ている子供の寝顔を見てさよならしてきました。いずれにせよ4月までこっちでは保育園に預けることが出来ないので、妻が働かずに子供を看る以外には選択肢がない状態です。
今年も greenplastic.net をよろしくお願いします。
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妻から聞いた話。 今日、近所の八百屋に買い物に行ったときのこと。キャベツを持ってレジに向かったら、レジにも店内にも店員の姿がなく、おばさんがひとりいた。時間帯的に、まあ店員がひとりもいなくても仕方ないか(呼べばいいのだから)と妻は思った。そのおばさんがどのくらいレジのところで待たされていたのかわからないけど、妻がレジへ並ぶのと同じ頃合いにそのおばさんも『すいません』と店員を呼ぶように声を出したらしい。それで一番近くにいた年配の男性店員が気づき、若い(といってもそんなに若いわけじゃない、とは妻の談)女性店員がレジにやってきたところ、待たされた客のおばさんが言った言葉に妻は驚かされたという。 「耳が遠いわけじゃないんでしょ?」 この話を聞いて、でもボクは不思議と納得させられた。前にもスーパーのレジでそのような光景を見たよなあ、と。ボクは大阪生まれの大阪育ちなのでどうしても大阪と比べてしまうのだけど、もし大阪でそんなことを言おうものなら殴り合いの喧嘩に(女性なら髪の毛の引っ張り合いの喧嘩に)なると思う。それでもし警察沙汰になったとしても、双方の事情を聞いた警察官は「そら奥さんあきまへんで(髪の毛ひっぱられても仕方ありまへんわ)」と言われるのではないだろうか。 なんでわざわざそんなことを言わなければならないのかというと、きっと待たされたことを(表には出さないように涼しい顔をしながらも)根に持っていて何か一言言わずにはおられないのだろう。大阪ならきっと苛立ちを隠そうともしないだろうし、むかついたら一言なんかでは済まないと思うけど。。 とにかくこの話を聞いて、そのおばさんはきっとまた何日かしたらその八百屋に買い物に来るのだろうし、そんな言い方しなくてもなあと、そんな人とは絶対に仲良くなれないなあと思ったのでした。
夏休み後半:ビニールプール、動物園、都会の暑さにやられた植物
夏休み4日目。 この日は昼からお客さんがやってくるということで、午前中から買い物に出かけました。買い物に出かける=車で隣の市まで、なので結構な遠出。前日の金沢からの道中と同様、子供がチャイルドシートを嫌がって仕方なかった。たぶんじっとしているのが嫌なんだと思う。 妻の叔父さん叔母さんと従兄弟がやってきて、昼からビールを飲んでました。テレビで高校野球を見ながら(富山代表がすでに敗退していたので、叔父さんは何故か石川代表を応援していた)そうこうしているうちに、うちよりも3ヶ月お兄ちゃんのお子さん(Oちゃん)がいて、いつも服をもらっていてものすごく助かっている(おかげでほとんど服を買った記憶がない)妻の親戚家族が来られました。ゴールデンウィークのときはこちらから向こうのお宅にお邪魔したのですが、そのときすでに歩くことが出来ていたOちゃんは小走りをして見せました。ああ、歩けるようになっただけでも目が離せないというのに3ヶ月後には走るようになるのか、と苦笑しながらもこの先の子供の成長に期待を寄せるのでした。 妻のお母さんが用意してくれていたビニールプールでうちの息子とOちゃんが水遊びするのを見守るというなんとも穏やかな時間が過ぎていきました。Oちゃんたちが帰ったあと、水遊びで疲れて昼寝をしている子供の横で、昼からビールを飲んでいたボクもうとうとと寝てしまいました。気がつくともう夕方で、妻の叔父さん家族が帰るところでした。息子はたぶんもっと前に起きていて、家の前で飼ってる犬や猫と遊んでる様子をXactiで撮ったのをあとで見ました。息子が犬や猫を触って楽しそうにしていたので、眠っていたことを悔やんでも悔やみきれなかったりして。。 夏休み5日目。 次の日の朝一の飛行機で東京に戻るというわけで、富山滞在は実質この日が最終日。昼ごはんを食べてからファミリーパークに行くことになりました。富山市にある動物園なのですが、丘陵地帯にあるみたいで、都会の動物園みたいに次から次へと檻の前を通り過ぎるというようなものではなく、ちょっとした山の中を散歩しているような気分にもなるようなところでした。妻と子供が東京に出てくる前に1度来ていたのは写真で見て知っていたのでいつかは行ってみたいと思っていた場所です。この日はとにかく暑かったけど、ファミリーパークに入ると木陰が多くて、暑さはあまり苦にはなりませんでした。しょっぱなからキリンを見てテンションが5上がったボクは、広い敷地内を全部見て回るつもりでいたのですけど、4時になって突然『あと30分で閉園です』というアナウンスが流れて愕然としました。閉園時間を確かめていなかったのです。それでもまあ、キリンとシマウマを見て、ガラス窓越しに寝ている虎を目の前に見て、子供と一緒にひよこを撫でたり掴んだりして、郷土動物館では亀とか蛇とかフクロウを見て、猿山も見て、熊を見て、様々な種類の鶏(日本鶏)を見ることが出来ました。レッサーパンダやラクダやカモシカやバーベキューコーバーが見られなかったのは残念でしたけど、園内に閉じ込められると次の日の飛行機に間に合わなくなるので(もっとも、富山空港には妻の実家よりこっちの方が断然近いのですが)おとなしく外に出ることにしました。帰りに前にも1度来たことのある珈琲哲學という名の喫茶店で休憩して帰りました。 翌朝は早いにもかかわらず、荷造りしたりテレビを見てたりしていたら結局いつもと同じくらいの時間になってしまいました。 夏休み最終日。 何も食べずに車で富山空港まで送ってもらって(子供はスナックパンをかじってたけど)、空港で買ったますの寿司を飛行機の中で食べてなんとか落ち着きました。飛行機が窓際ではなく真ん中のブロックだったので、外の景色も見えずに退屈だった。まあ、子供がぐずったりパンくずを散らかしたりしたので、そういう意味では退屈ではなかったのですが。 羽田からバスに乗ったのだけど月曜の朝の通勤時間だったので混雑していました。まっすぐ家に帰っても良かったのだけど、バスに乗ってるうちに子供が眠りだしたので、帰りにミスドで休憩していくことにしました。 都会の暑さは田舎の暑さとは違うなあと感じながら家に帰ってくると、妻がベランダで育てている植物が軒並みぐったりしていて、妻が慌てて水をやっていました。その前の週は雨の日も多かったので大丈夫だろうと高をくくっていたそうです。図書館に行ったり、買い物がてら近所を散歩したりして、夏休み最終日を過ごしました。 おわり。
夏休み2日目。 午前中に東京に送る荷物をクロネコヤマトに取りに来てもらい(1年前まで住んでいた妻も、ボクも家の郵便番号を忘れていた)、昼食にヨドバシ梅田の点心食べ放題のお店で親と食事をしてから、2時過ぎのサンダーバードで大阪を離れました。1年ぶりの大阪は滞在時間短し。体感滞在時間はもっと短いし、大阪らしいこともほとんどしなかった。次はいつ帰って来られるだろう。そんな感傷に耽る暇もなく、金沢まで3時間弱の道中はさすがに息子もぐずって何度となく抱いては列車の連結部分に出ることになりました。すっかり飛行機で移動するのになれてしまったので、この3時間弱が長い長い。でも大阪から北陸方面には飛行機が飛んでいないのです。サンダーバードが一番早いんです。 やっと金沢に着くと雨がぱらついていました。ここのところ、金沢駅に降り立つのは金曜の夜に東京駅を出て、上越新幹線と特急を乗り継いで時計の針が深夜12時を過ぎた頃ばかりだったので(単身赴任中のこと)、夕方に大阪方面からやってくるのは何年ぶりのことでしょうか。というような感慨に耽る暇もなく、車で迎えに来てくれていた妻の妹(その日の朝に大阪から車で来たばかりのはず)の運転で富山の妻の実家へと向かいました。 実家の皆さん(妻の両親とおばあちゃん)の目当てはもちろん息子で、挙って抱っこしてくれるので、おかげでボクたちはようやく子供から目を離すことが出来るようになりました。休みの間、子供が抱っこしてくれとぐずっても『おじいちゃんのとこに行き』と言うだけで済むことがどれだけ楽だったことか! こんなときくらいしか楽は出来ないので、休みの間は存分に楽をさせてもらいました。 夏休み3日目。 この日は家でのんびり過ごす。家の前で桶に入れた水で子供が水遊びしてるのを眺めていたり、お墓参りをしたり(都会の墓地と違って、田んぼの脇に突然ある)、夜は家の前でこっそり花火をしたりしました。近所に口うるさい人がいるらしく、昔にも花火をしていたら小言を言われたらしいのですが、このときも家の中からこちらの様子をうかがっているのが見えたらしいです。都会よりも田舎の方がストレスフリーな生活が送れるようなイメージがあるけど、妻の実家の話を聞いていると、プライバシーが守られなさ過ぎていて東京の方が気楽に暮らせそうな気がします。田舎は近所づきあいに気を遣わされて大変そうです。 妻の従姉妹が彼氏を連れてやってきて、見た目はシュッとしてるんだけど喋ったらやっぱり富山弁なんやと、当たり前のことを思ったりしました。 4日目に続く。
今年の夏休みは、東京から大阪、大阪から富山、富山から東京に戻ってくるというこれまでにない移動距離を実現してしまいましたが、たくさんの人たちに会って(といっても身内ばかりですが)、特に1歳の息子にとってはよい経験だったのではないかと東京に戻ってからの息子を見ていて思います。人見知りもほとんどしなくなっていたし、よく喋るようになったし、歩き方もだいぶ安定してきました。 夏休み1日目。 水曜日の朝5時過ぎに家を出て羽田空港に向かい、7時発の伊丹行きの便で6時40分には搭乗開始するというアナウンスがあったものの、お土産も買って搭乗口で待っていてもなかなか案内されません。搭乗口のすぐ前に座っていたので(3歳児以下の子供を連れていると先に搭乗させてくれるので)女性スタッフの人たちが電話などでやりとりしている様子を見ていました。バタバタしているなあと思っていたら、トイレの一部に問題があるので出発が遅れる旨のアナウンスがありました。大阪行きの便なので乗客にも大阪の人が多いと思うのですが、その時点ですでに搭乗口を囲むように人垣が出来ていたし、出発遅れのアナウンスがあったときはみんなが一斉に引き返しそうな『間』があったりして、少し面白かった。結局、飛行機が出発したのは7時40分くらいで、いくつかのトイレは(水が出ないので)使えないままでした。 ところで、東京から大阪へ飛行機で帰るのははじめての経験です。座席が進行方向右側の窓側の席だったので富士山が見られるか期待していたのですが、雲から頭を突き出した様子を見ることが出来て、本当に富士山って高いんだなあと思ったりしました。子供に富士山を見せたりしているうちにあっという間に名古屋上空に達してました。湾に空港らしき人工島が見えたので『セントレアかなあ』『でも小さすぎない?』などと妻と話していたのですが、Google マップで見てみたらやっぱりセントレアでした。上空から見るととても小さかったなあ。三重や奈良の山々を見ながらしばらく飛んでいると、ある山脈を境界線にして突然まったく緑のないエリアが見えてきました。大阪府東大阪市上空を飛んでいることに気がついたのは阪神高速と中央環状線が交差する近くに市役所とカルフールがあるのが見えたからです。2年前までそのあたりに住んでいたから、上空から見てもすぐにわかりました。そのうち淀川が見えてきて、徐々に降下していてこのままだと街中のビルにぶつかるんじゃないかと心配しているうちに無事に伊丹空港に着陸しました。以前テレビか何かで、伊丹空港の近くにあるスポットがあって、そこからだと手を伸ばせば飛行機に届くんじゃないかというくらい近くを通り過ぎていくという話を聞いたことがあるけど、確かに街中に降りていっているという感じはありました。 ベビーカーと手荷物が出てくるのを待っていたら、妻が携帯を見ながら妻の妹の友達のKちゃんが車で来ていると言います。妻の妹はKちゃんと大阪で同居しているのですが(妻が大阪を離れるまでは妻が妹と同居していた)、車で迎えに来てくれるなんてことは初耳で、ボクたちは荷物を受け取ったらモノレールと阪急と阪神を乗り継いで(妻が以前住んでいた)妹の家へ向かうつもりでいたので驚きました。事前に何の連絡もなく迎えに来てくれていることにも、それからチャイルドシートがないことにも驚かされ、呆れさせられました。でもまあせっかく迎えに来てくれたので、大阪滞在中に泊まらせてもらう(といっても一泊だけ)妹とKちゃんの家まで車で帰ることになりました。チャイルドシートがないこともあってか、運転しているのがKちゃんということもあってか、飛行機よりも怖いドライブでした :p 1年ぶりの大阪の家は(今ではもう妻の妹とその友達の家だけど)懐かしくて、本棚とかソファとかテーブルなんかはボクと妻が使っていたものなので、人の家なんだけど自分の家でもあるような変な感じでした。また、『ここで生まれたんやで』と去年の7月に駅前の病院で生まれた息子に話しかけながら、生後20日ほどを過ごした場所のことを覚えてるかなあと思ったりしました。ボクの実家の方へ行くまでに少し時間があったので休んでいたのですが、妻は残していった荷物の整理をしていました。昼に着けるように実家の方に出かけ、はじめて乗る鉄道路線に少し興奮しつつ、1年ぶりに子供を連れて帰ったら小さい頃の自分にそっくりだと散々言われ続けました。お盆なので墓参りもして、夕方くらいに帰ってきました。 夜はたこ焼きを作ることにして、こちらも大阪に残していった酒類を片付ける努力をしました。妻の妹はこの日まで仕事で遅くまで忙しかったみたいで家には帰ってこず、Kちゃんが車で拾ってそのまま富山に(実家に)帰って行きました。道中お腹も空くだろうと持たせたたこ焼きは、途中でたこがなくなったので半分くらいはたこなしでした。 2日目に続く。
今朝は地震の揺れで目が覚めました。朝の5時過ぎだったのでもちろんまだ寝ていましたが(5時過ぎだということもあとでわかったわけですが)、大きく水平方向に横揺れしたのに気がつき、隣で眠っている妻の体を小突いて揺れていることを知らせ、子供の姿を探す妻にボクの枕元で横になっているのを目配せしたのでした。最初に感じた大きな揺れは次第に弱くなっていったものの、揺れ自体はしばらく感じ続けられました。日曜日の夜にも今朝よりは弱かったもののけっこう長い時間横揺れした地震があったばかりだったので、揺れに対して敏感になっていたのかもしれないし、ただ単に揺れが大きかっただけかもしれない。ともかく、今朝の地震が静岡では震度6弱だったということを知ったのはそれから数時間後のことだったのですが、地震というとまず思い出すのが14年前の阪神淡路大震災のことなので、震度が強かった地域の被害状況が気になるとともに、当時自分が体験した揺れほど大きなものはなかったと思い返したりしてしまうのでした。 ニュースを見ていると家具が倒れてきて怪我をした人が多いみたいなので、うちにも小さな子供がいるので地震対策しておかないとなと思いました。阪神淡路大震災のときはタンスの上から物が落ちてきて頭を打ったので(たいした被害ではなかったですが)。また、朝のワイドショーでは高速道路の一部が隆起したとか崖崩れで道が塞がれているとか言っていました。あまり時間がなかったので詳しくは見られなかったのだけど、高速道路が寸断されてるのですね。帰省のこの時期に利用する予定だった人は大変そうです。 ちょうど台風も重なっていたようなので、大きな被害がなくて良かったです。テレビのワイドショーでは台風中継の用意を海岸でしていたら地震が来て津波警報が出たから慌てて街中へ逃げてきた、というようなことを言っていました。その台風も思ってたより南の進路を取ってくれたので、今は雨も止んで静かなものですし、明日の飛行機にも影響がなさそうです。明日から夏休みに入るのですが、今回は東京(羽田)から大阪(伊丹)を飛行機で、大阪から富山の妻の実家へはサンダーバードで、富山から東京(羽田)に戻ってくるのは飛行機で、というスケジュールです。東京・大阪間は、空港から街中への交通手段を考えると金額はたぶんそんなに変わらないと思うのですが、やはり新幹線に2時間半じっと乗っているのは1歳の子供にとっては辛いんじゃないかな(そしてその子供をあやさないといけない親にとっても辛いんじゃないかな)と思います。飛行機だと1時間くらいで着くし、おもちゃももらえるし、30分で梅田に出られます。まあ大阪に飛行機で帰るのははじめてなので、そのあたりも今後の参考にしたい。大阪から富山に行くのは他に選択肢がないし、富山から東京に帰ってくるのは電車だと特急と新幹線を乗り継いで4時間以上かかるので、妻の実家からだと富山空港に行くのに少し時間がかかるけど、圧倒的に飛行機の方が便利です(北陸新幹線が開通するまでは)。 そういうわけで、明日から来週月曜日まで東京・大阪・富山で三都物語してきます。
ドラゴンクエストIX
しっかりと2週間悩んだあげく、先々週末にとうとう買ってしまいました。
ドラゴンクエストIX 星空の守り人
街に着いては人の話を聞くのもそこそこに壺とか樽とか壊すわタンスを開けてまわるわ、天使からはほど遠い行儀の悪さを発揮しています。しかしなかなか面白いですね。物語を進めるのに飽きたらすれ違い通信とかクエストとか錬金なんかにかまけることが出来るし。おかげで物語はなかなか進まないのですが、これで転職なんてした暁にはレベルアップにかまけてさらに進まなくなるかもです。そもそもあんまりプレイする時間がないのに。。
久しぶりのドラクエで驚いたのは難易度の低さでした。全然難しくない。すぐにお金が貯まるし、昔は新しい武器や防具を買ったときはそれまで装備していたのを売ってやりくりしていたような記憶があるのですが、今回は1度も売ってないんじゃないかな。やることが多すぎて食傷気味になってしまう感もないことはないのですが、まあ誰にせかされることもなくのんびりと好きなペースで進められるのも携帯ゲーム機の良いところなのかな。初代DSなのが玉に瑕ですが。
で、すれ違い通信なのですが、通勤電車ですれ違いをはじめて数日たったある日、すれ違い通信の状態のままDSを会社の机の上に置いたまま仕事をしていたら、すれ違っていることに気付きました。窓際の席とはいえ2階だし、社内でやってる人ではない人が入ってきているし。それで今では社内の人たちが窓際の棚とか机の端っこにDSを置いていくようになりました。たしかにけっこうすれ違ってるようです。
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6月28日(この前の日曜日)にとうとう34歳になりました。2年前の誕生日に結婚したので(入籍したので)結婚記念日のお祝いと、それから明日7月1日で1歳になる愛息の誕生日のお祝いもまとめて執り行いました。たまに聞く話として、たとえば誕生日がクリスマスなんかにかぶっていると、子供側からはプレゼントやお祝いが(2回分が1回分に)まとめられるので損した気分、親側からはプレゼントやお祝いが1回で済むので助かる、というのがありますが、ボクの誕生日と息子の誕生日と結婚記念日が重なると、さすがにやることが多くて大変でした。といっても基本的には妻が息子の誕生日ケーキとボクの誕生日ロールケーキを作ってくれて、ボクは結婚記念日という名目でお昼にパスタを作って夫婦で乾杯、夜は妻がピザを焼いてくれて再び乾杯しました。 この先もこれら3つの記念日のかたまり具合は変わらないので、我が家では毎年この時期に合同祝賀会が開かれることでしょう。そういう点から考えると、3月生まれの妻の誕生日だけがポツンと独立していて可哀想な気もしなくはありませんが、むしろそちらの方が集中的に祝ってもらえるので良いのではないでしょうか。 それにしても、息子が生まれてからもう1年が経つのかと思うと、改めて時の経つことの早さに驚かされます。今は息子と一緒に遊ぶのが何よりも楽しくて、平日は仕事を終えて家に帰るのが楽しみでなりません(近年まれにみる集中力で仕事してます)。最近は特に自己主張が激しくなってきて、たとえば、これまでは自分でハイハイして近づいてきていたところも、今では抱っこしに来いと激しくアピールしてきます。甘やかしてばかりいるのも良くないと思うので、時には泣いても簡単には言うことを聞かないでいるのですが、やっぱり泣いている顔を見ると可哀想に思えて言うことを聞いてしまいそうになります。子育てって難しい! でもそんな難しさを圧倒的に凌駕するくらいに子育てってめちゃくちゃ楽しいです。子供に新しいものを見せたり、子供が新しいものを見たときの反応を見たり、とにかく子供と一緒に過ごす時間のすべての瞬間が見逃せないというくらいに貴重です。日々成長する(新しいことを発見し覚えていく)姿を、出来ることならすべて記録して残しておきたいくらいです。 そんな息子が明日で1歳になります。今はとても懐いていて、これまでになく甘えてきてくれるのが嬉しい反面、いつまでこんな風に甘えてきてくれるのだろうと、その終わりを予想してしまうと少し悲しくもなってしまいます。まあでも今を楽しもうと思います。
小学校とか中学校の終業式の日には授業はなかったっけ、というのが今朝目が覚めて最初に考えたことでした。というのも、夢の中で同じことを終業式の前日に考えていたからです。何故かというと、終業式の前日のその日に学校のロッカーの中にあった教科書やらなんやかやを全部家に持って帰っていたから、もし次の日の終業式の日に授業があったら教科書ないよなあと思って、やっぱり終業式の日には授業はなくて学校も昼までで終わるんじゃないかという結論に至ったのでした。それで実際に次の日の終業式の日は授業はなく昼までで学校は終わりました。 小学校6年生に戻ったボクは終業式を終えて家路につきました。どういうわけか終業式のシーンはすっぽり空白で、前日にロッカーから荷物を引き上げたことと前述の終業式の日に授業があるのかないのか考えたこと、それからこれから書こうとしている終業式のあとで起こった変な出来事しか覚えていません。きっと実際の夢の中でも省かれたのではないかと思います。それで、学校から家路に向かう途中で妻が子供をベビーカーに乗せて歩いているのを見付けました。こちらに手を振ってくる妻に手を振り返しながら、コンビニに用があった妻には先に家に帰るように促してひとりでコンビニへと向かいました。場所はボクが実際に(夢の中ではなく20年以上前に現実に)小学校に通っていた地元でした。ただボクが向かったところにコンビニはなかったし、コンビニでビールの銘柄を見繕っているうちにいつの間にかそこは祖父母の家になっていました(祖父母の家は近くにあったので地理的にはおかしくない)。どういうわけか妻と子供を待たせていることをすっかり忘れてしまったボクは祖父母の家でシャワーして髪を洗ったりしてくつろいでいました。やがて家に帰らないといけないことを思い出したときには時計の針は6時を過ぎていて、『いつの間に。もう6時過ぎか』と思い、あわてて祖父母の家を出て自分の家に向かうところで目が覚めました。 それで目が覚めた時に『小学校とか中学校の終業式の日には授業はなかったっけ』と思って、実際に妻に同じ質問をしました。 学生に戻った夢は定期的に見ているような気がします。小学生だったり中学生だったり高校生だったり大学生だったりするのですが、だいたい共通しているテーマがあって、それは最初のうちは小学生(中学生、高校生、大学生)であるところの自分に何の疑問も抱いていないのだけど、あるとき突然自分がもう大学を卒業して働いている大人だということに思い至る、というものです。設定が高校生とか大学生の場合は目の前に迫った大切な試験だとか、単位を取得するのにどうしてもはずせないレポートの提出だとか、そういった試練を苦労して乗り越える必要がもうないのだという安心と共に現在の自分を取り戻します。 実際にそのような苦境に立たされたことは何度となくあったような気がするのでそういう夢を見るのかもしれません。自分がすでに学生ではないことに思い至ったときの安堵といったら、それが夢の中のものであったとしてもちょっとしたものです。ただ小学校の終業式の帰りに妻子と出会い、コンビニでビールを買って帰るという夢はどのような経験から来ているのか、どのように解釈すればいいのかちょっとわかりません。
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一昨年の夏に妻と結婚した直後に単身赴任で東京に出てくることになったのですが、その翌月くらいに大阪で新しく家を借りて妻と妻の妹が暮らし始めました。もともとひとりで暮らしていた妻の妹と、単身赴任でボクが出て行ったので一人残された妻とが一つ屋根の下に暮らすことになったのは、妻の会社の同僚の方から破格の家賃で一軒家を借りることが出来たからです。 その家がある場所は昔からずっと住み続けている人が多いところのようで、その家のまわりにもひとり暮らしをしているお年寄りの方が多くいました。そういう場所なので回覧板が回ってきたり、近所づきあいというほどでもないけれど、たとえば『あそこのおばちゃんはゴミの出し方にうるさい』とか(といっても悪気がある訳じゃなくて『だから気をつけた方がいいよ』くらいの調子なのですが)、東京のマンションでひとり暮らしをはじめたボクとは180度異なる住環境でした。大家さんである妻の同僚の方は仕事で日本にいないので、わからないことがあればこの人に相談すればいいということで一番最初に会わせてもらったのが向かいに住んでいるAさんでした。飼い犬と2人で暮らしているおばあさんで、娘さんの家族が近くの(高架線路越しに見える)マンションに暮らしているということでした。引っ越しに際して、ご近所にどのように・どこまで挨拶すればいいか(どうするのがこのあたりの流儀なのか)、ゴミの出し方、回覧板のまわし方、町内会のことなどなど、ご近所への挨拶の時には間に入って紹介までしてもらっていろいろとお世話になりました。引っ越しが終わればボクはまた東京で暮らすことになり、毎月のように大阪に帰りはしていたもののAさんと顔を合わせることもほとんどありませんでした。 妻の妊娠が分かったのがその年の秋で、年明けからの2ヶ月と出産前の2ヶ月半ほどを大阪の家で仕事をして過ごすことになりました。妻は出産間際まで働いていたので(妻の妹も会社勤めだから)日中家にいるのはボクひとり、夕方くらいに玄関のチャイムがなってインターフォンに出るとAさんが雨が降ってきたことを教えてくれ、慌てて洗濯物を取りこんだというようなこともありました。話し込むという機会はあまりなかったけど、子供が出来たことを報告したら喜んでくれていたし、去年の夏に子供が生まれたときも連れて行って見てもらいました。子供が生まれたその月のうちにボクは東京に戻り、妻と子供は妻の実家の富山に里帰りしてしまったのでそれから1度も大阪に帰る機会がなく、もちろんAさんに会うこともありませんでした。 今朝、Aさんが亡くなったことを妻から聞かされました(妹から連絡があったそうです)。めちゃくちゃ親しくしていたわけでもないのに、昔住んでいた家のご近所さんが亡くなったことを引っ越してしばらく経ってから聞いただけではない残念さを感じています。はじめてお会いしたときから、最後にまさに妻たちが車で富山に向かって出て行き、そのあとでボクが新幹線で東京へ戻るために駅まで荷物を引いて歩くときに見送っていただいたときまで、Aさんはずっと元気でした。花に水をやる姿を何度となく見かけました。雑草が伸びていたので草むしりした方が良いと言われました。 どこか『大阪のおばあちゃん』というようなところがあったのかもしれません。ボクは実際に大阪に祖母がいますが、また別の、そして妻にとってはきっとボクよりもそのように感じているのではないかと思っています。息子を連れて行ってもう一度見てもらいたかった。 ご冥福をお祈りしています。
気がつけば3月ももう今日で終わりです。今月もあまりブログを書くことが出来ませんでした。書きたいことはいろいろあったのですがね。最近は家のことや家族のことに多くの時間を費やすのでついブログは後回しに、という言い訳は実は成り立たなくて、ブログを書くのに適当な時間はあったのです。来月こそは。 2週間前に書いたひとつ前のエントリーでは息子のずりばいのことを書きました。今ではもうすっかり這いずり回るようになって、ボクや妻の後を追ってくるようにもなりました。ボクたちがリビングで食事をしているとテーブルの下をはいずりまわってスリッパを掴もうとしたりするのを止めなくてはなりません。さらに目が離せなくなりました。 この間あったことと言えば、先々週末に見学に行ったスイミングスクールに4月から息子を通わせることにしました。ベビークラスというのがあって、週一回のクラスで親と一緒に参加することが出来ます。ボクと妻とで交互に参加する予定です。週末はボクが子供をお風呂に入れているのですが、いまだに髪を洗う段になるとぐずつくことがあります。それは体勢とか狭い空間から来る圧迫感とかが関係しているのかもしれませんが、プールに入ったときにどのような反応をするか今から楽しみです。 また、先週末は池上本門寺へ桜を見に出かけました。まだちょっと早かったみたいで咲いてる花びらもちらほら見られる程度でしたが、まあ必ず桜の花が見られなければならないというのでもなかったので、散歩として楽しかったです。池上本門寺は去年の12月に引っ越す前にその周辺をよくジョギングしていたこともあって(でも中に入ったことがなかったこともあって)、知っているようで知らない場所だったので興味もいっそう深まるというようなことでした。力道山のお墓があったのと、帰りに駅前で買ったくず餅がとてもおいしかったことを付け加えておきます。 それから、ふたつ前のエントリーで携帯電話の調子が悪くてiPhoneにしようか迷っているというようなことを書いたのですが、その2日後にとうとう携帯電話の電源が不定期に落ちたりSIMカードが未挿入だと言われるようになったので、その日のうちにiPhoneに機種変更しました。会社の近くのソフトバンクショップに行ったら機種変更用の在庫がないと言われたので(16Gのホワイト所望)、近隣のソフトバンクショップに電話をかけて確認してみたら3番目に近かった品川の店に在庫があるというのでお昼休みに行ってきました。2週間くらい使っていますが、TwitterとかFlickrでモブログをする頻度は確実にあがっていると思います。 また、このブログを上ノ郷谷さんのiPhone Template Setを使わせていただいてiPhoneに対応させてみました。iPhoneのSafariからアクセスするだけでiPhone用のページに飛ぶようになっていますので、iPhoneユーザーの方はご覧ください(iPod Touchでも見られます)。コメントシステムにはDISQUSを利用しているのですが、従来のページとiPhone用のページとでコメントを共有させたかったので次のような方法を採りました。 まず従来のページにはOgawa::MemorandaのMTにDISQUSを配備するにはの方法でDISQUSが配備されているものとします。iPhone用のエントリーアーカイブにも同じように配備するのですが従来のエントリーアーカイブとはアーカイブマッピングが異なるため(すなわち MTEntryPermalink が異なるため)、それぞれが別のページへのコメントとして記録されてしまいます。解決するにはiPhone用のエントリーアーカイブに配備するコードのうち MTEntryPermalink の部分が(iPhone用のではなく)従来のページのパーマリンクになるように書き換えます。このブログでは次のように書いています。 <div id="disqus_thread"></div> <script type="text/javascript\"> var disqus_url = '<$mt:BlogArchiveURL$><$mt:EntryDate format="%Y/%m/%d_%H%M"$>.php'; var disqus_title = '<$MTEntryTitle encode_js="1"$>'; var disqus_message = '<$MTEntryExcerpt encode_js="1"$>'; </script> <script type="text/javascript\" src="http://disqus.com/forums/greenplasticnet/embed.js"></script> <noscript><a href="http://greenplasticnet.disqus.com/?url=<$mt:BlogArchiveURL$><$mt:EntryDate format="%Y/%m/%d_%H%M"$>.php">View…
数週間前から携帯電話の調子が悪い。1年半以上使い続けているシャープ製の 912SH の異変に一番最初に気づいたときは、液晶画面のアンテナとか時間が表示されている上の部分に横線がチラッチラッと走るようになってました。それでも十分気になっていたのだけど、気がつけば消えていることもありました。それが次第に横線が長く伸び表示されている時間も長くなって、やがて横線の伸び縮みに呼応して画面全体の明度もチカチカと変化するようにまでなってきました。そこまで来るとさすがに『故障』と『修理』という言葉を意識しだしたのですが、昨日、ラゾーナ川崎に買い物に行ったときにソフトバンクショップで修理にかかる時間と費用を聞いてみたところ、費用についてはメーカーの判断によっては有料になるかもしれないと言われ、時間については2週間くらいかかるかもしれないと言われました。そもそもその場で修理に出すつもりはなかったのですが(修理に出すなら取りに行きやすい会社の近くか通勤途中のソフトバンクショップにするので)、修理に出すのにちょっと敷居が高くなってしまったなあと感じました。 また、iPhone が期間限定で安くなっているのも気にはなっています。iPhone for everybody ということで、5月末までの期間限定で 8GB モデルの機種代負担が実質無料となってます。今の携帯の機種代月賦払いが終わった後の次の機種変更はiPhoneにしようと思ってはいますが、まだ半年くらい月賦払いが残っていますし、また5月末まで安いということはそのあとで新機種が投入される確率が高いのではないかと(誰でも推測出来るようなことを)推測しているので、どうせ iPhone にするなら新しいのにしたいなあという思いもあります。まだ半年分の月賦払いが残っている壊れゆく携帯、期間限定で安くなっている iPhone、そのあと夏くらいに出るのではないかと推測される新しい iPhone。 さらにまた、このタイミングで Apple は iPhone OS 3.0 の発表を明日17日に行うようなので、そこで発表される内容も非常に気になります。今の携帯では出来るけど現行の iPhone には出来ないこと(動画の撮影、テキストのコピー&ペースト)が解決されるなら待つだろうし、それが現行 iPhone のシステムアップデートで可能になるのなら迷うけど、それならいっそのことハードのアップデートも必須になるくらいがボクとしては少しでも迷いが減るのでありがたいかも知れない。 ボクが iPhone に求めるのは、実はそんなに多くありません(今のところ)。moblog(flickr)、twitter、メールチェック、Google マップ、このあたりが出来ればそれで事足りるような気がします。 いずれにせよ、明日の iPhone OS 3.0 発表イベントが楽しみです。日本時間だと18日午前2時からなので、水曜日の朝に情報収集したいと思います。
新年おめでとうございます。 年末年始を妻の実家の富山で過ごしています。とても寒くて雪が積もってあたり一面真っ白な中で息子とたくさん遊ぶ日々を送っていたらあっという間に年が明けていました。本年も greenplastic.net をよろしくお願いします。 年末に1年を振り返らなかったので簡単に。 2008年はなんといってもまず息子が誕生した年としてこの先も記憶されることでしょう。ちょうど1年の真ん中の7月1日に生まれたので年の前半は誕生への期待、後半は成長への期待とともに見守り続けた年でした。大阪で生まれてすぐに妻の実家の富山で暮らすようになった妻子と東京での単身赴任を続けてきたボクですが、ようやく2月から東京で家族揃って暮らす目処が立ちました。 子供の成長には驚かされます。11月末に過ごして以来のこの年末年始なのですが、この1ヶ月での息子の成長には目を見張るものがあります。まわりの大人のアクションに対して(機嫌が悪くなければ)笑顔で反応するようになったし、手にしたものは何でも口に入れるようになりました。ボクの顔ですらつかんで口に入れようとします。指を口に入れられたときにはそこに近々生えて来るであろう歯の予感が感じられました。 クリスマス・イブにはじめて寝返りとお座りが出来るようになった息子はとても元気です。今日はちょうど生まれて半年なので(ハーフ・バースデイなんて言葉で写真屋からは宣伝のはがきが届いてましたが)朝起きたときに『おめでとう』と息子に言いました。新年と生まれて半年おめでとう、と。 一緒に暮らすようになれば妻と共に子育て出来るのでそれが今から楽しみです。仕事の方もいろいろと頑張らないといけないのですが、家庭とのバランスが狂わないように気をつけながら仕事に励みたいと思います。目下の案件では使用しないプログラミング言語の勉強をする時間を(業務時間内から)捻出することを念頭に置いています。それとは別にプライベートでも資格等の勉強を定期的に続けたいなと思っています。3月に受けるつもりの(まだ勉強をはじめていない)TOEIC を皮切りに。それから近所の図書館でたくさん本を借りて読みたいとも思っています。 また、社会へのより積極的な働きかけもしていきたいと思っています。抗議活動やデモ行動、困っている人・苦しんでいる人との関わり、たとえば、職を失って住む場所もなくなった非正規雇用の人に対して何一つ関わることなく行動を起こしていないのは信念に反するのではないかと自問しています。自分に何が出来るのか具体的にはまだ分かりませんが、出来ることからひとつひとつ動いていきたいと思っています。
戸籍と添加物 ‐ 最近読んだ2冊の本
せっかく図書館の近所に引っ越してきたのだから活用しない方はないということで最近は楽しく読書しております。だいたいが小説しか読まないのですが、知人がブログで取り上げていた戸籍って何だ―差別をつくりだすものという本を読みました。これがとても興味深い本だったので、2月に妻と子供が東京に出てきた暁には彼女にも奨めてみようと思う。まず圧倒的に知らなかった情報がそこにはあったし、これまでの自分の具体的な行動の杜撰さを突きつけられる思いだった。これまでの自分の無知と無自覚さを反省しながら、守るべきものを守るための対決姿勢は固持していきたい。
写真付き身分証明書が求められることがまれにあるのだけど、車の運転免許証を持っていないので困ることがある。まあパスポートがあるのでそれで事は済むのですが、それで写真付きの住民基本台帳カードを作ったりしたことがあった。ところで住民基本台帳ネットワーク・システムが目指す(隠された)目的は別にしても、システムの不備・お粗末さが目に余るような気がする。住基カードを使った付記転出届というのを妻が去年の夏に行おうとしたのだけど、通常の手続きで転出届を旧居住地の役所に提出して(郵送でもOK)新しい方の役所に転入届を提出した方が早かったらしい。というか、そこにいた職員の誰もが付記転出届の処理の仕方を知らなかったそうな。妻がその旨伝えると奥に行ってみんなで分厚い本を繰り始めたというのだから。システムが目指す管理社会の暗さと、そのシステムの現場での運用のお粗末さとの落差にほとんど目の前がくらくらしてきます。
いずれにせよ、常に必要最小限のデータしか第三者に渡さないようにしようとは思った。これまで何度も戸籍謄本・抄本、住民票を役所で取って何も考えずに第三者に渡していたけど、これからは記載事項証明で済ませられるならそうするようにしようと思った。
もう一冊、友人がブログで取り上げていた食品の裏側―みんな大好きな食品添加物も大変興味深い内容で知らないこともたくさん書かれていた。こちらの本も妻に奨めようと思っています。加工食品にいかに添加物が入っているかという問題、そのことを分かった上でボクたちはそれを食べているのかという問題、そしてそのこと(添加物が入っていること)を知ることが出来ないという問題。これだけ加工食品があふれていてその便利さを享受してきたわけで、それに突然謀反を企てるようなことは現実的に出来ないけれど、加工食品や調味料を買うときには裏のラベルの内容物の欄をきちんと見て、この本から学んだ知識で添加物の出来るだけ少ないものを選ぶようにしています。値段は少し高いけど、特にそろそろ6ヶ月になって離乳食を始めようとしている息子のことを思うと、ここら辺で食生活の見直しをする良いきっかけになりました。
この2冊の本からは具体的な行動指針のようなものを学ぶことが出来たので他の人にもお奨めしたい。難しい本ではなく読んでいて面白いというのも素晴らしい点だと思う。
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