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iPhone で聴いた曲を ScrobblePod で last.fm に scrobble
3月に前の携帯電話が壊れたので泣く泣く iPhone 3G に機種変更をしてしばらくしてから、ふと思い立って家の Mac の iTunes に入っている雑多な楽曲のうちで1度も再生したことがない曲のプレイリストを作ってランダムで iPhone と同期することにしました。うちの iTunes には、たとえば語学の教材に付いてきた CD を変換した物とか子供向けの童謡やらも入っているので、そういうのはジャンルでフィルタリングして省いています。また去年の夏に Mac のハードディスクが壊れたときに OS を入れ直したので再生回数はそのときにリセットされているはず。そういうわけでここ数ヶ月にボクが聴いた曲の雑多さは last.fm に記録されております。 通勤途中や仕事中、休憩時間に喫茶店で本を読むときなど、iPhone で音楽を聴くことが多いのですが、Mac の iTunes で聴くときとは違って iPhone はリアルタイムに last.fm に曲を scrobble してくれません。どうしているかというと、ScrobblePod を立ち上げた状態で iPhone を iTunes に同期させると、再生した曲を last.fm に scrobble してくれます。ボクは…
息子が1歳になりました
1年前の今日の夕方に息子が生まれました。あれからもう1年が経つのか……と昨日の夜も妻と話していたような次第で、振り返ればホントにあっという間だったような気がします。生まれてから7ヶ月ほどは東京と富山(妻の実家)に離ればなれでしたが、一緒に暮らすようになってからは特に時間が経つのが早かったような気がします。
毎日一緒に暮らしていると日々の変化にはなかなか敏感に気付くことが出来ず、しばらく会わなかった時の方がその蓄積された日々の変化の量に驚かされるというようなことがあると思いますが、毎日とまでは言えないものの、少なくとも週単位で新しい側面を見せる我が子の成長に驚かされ続けています(現在進行形)。特にはいはいが出来るようになって家の中を自由に移動するようになってからはそれが爆発的に加速されたような気がします。今は、つかまり立ち(つかまり歩き)、つかまり立ちからつかまっていた手を離してその場に立つ、座っている状態からその場で立ち上がる、というところまで来ています。(小さいけれど大きな)一歩を踏み出すのは時間の問題だと思うのですが、歩けるようになると成長曲線はまたグイと右肩上がりになることでしょう。
最近は簡単な言葉だと親の真似をして繰り返します。『○○はどこ?』と聞くと指でその場所を指し示せる物の数はどんどんと増えていっています。以前に読んだベビーサインの本に書いてあった通りに、息子はまだ言葉を話せないけれども身振り手振りのサインを使ってコミュニケーションを取ることが出来ています。そのコミュニケーションはもうとても幸せとしか言い表せない感情でボクの心を満たしてくれます。
誕生日のお祝いはこの前の日曜日にしたので、今夜は日曜日に渡さなかったボクと妻からのおもちゃのプレゼントをあげる予定です。車とか電車が好きなので、IKEA で木で出来たクレーン車のおもちゃを買いました。遊んでくれるといいのですが。
ベビーサイン—まだ話せない赤ちゃんと話す方法リンダ アクレドロ,スーザン グッドウィン,小沢 エリサ・ヒライ,Linda P. Acredolo,Susan W. Goodwyn,たきざわ あきAmazon.co.jp で詳細を見る
6月28日(この前の日曜日)にとうとう34歳になりました。2年前の誕生日に結婚したので(入籍したので)結婚記念日のお祝いと、それから明日7月1日で1歳になる愛息の誕生日のお祝いもまとめて執り行いました。たまに聞く話として、たとえば誕生日がクリスマスなんかにかぶっていると、子供側からはプレゼントやお祝いが(2回分が1回分に)まとめられるので損した気分、親側からはプレゼントやお祝いが1回で済むので助かる、というのがありますが、ボクの誕生日と息子の誕生日と結婚記念日が重なると、さすがにやることが多くて大変でした。といっても基本的には妻が息子の誕生日ケーキとボクの誕生日ロールケーキを作ってくれて、ボクは結婚記念日という名目でお昼にパスタを作って夫婦で乾杯、夜は妻がピザを焼いてくれて再び乾杯しました。 この先もこれら3つの記念日のかたまり具合は変わらないので、我が家では毎年この時期に合同祝賀会が開かれることでしょう。そういう点から考えると、3月生まれの妻の誕生日だけがポツンと独立していて可哀想な気もしなくはありませんが、むしろそちらの方が集中的に祝ってもらえるので良いのではないでしょうか。 それにしても、息子が生まれてからもう1年が経つのかと思うと、改めて時の経つことの早さに驚かされます。今は息子と一緒に遊ぶのが何よりも楽しくて、平日は仕事を終えて家に帰るのが楽しみでなりません(近年まれにみる集中力で仕事してます)。最近は特に自己主張が激しくなってきて、たとえば、これまでは自分でハイハイして近づいてきていたところも、今では抱っこしに来いと激しくアピールしてきます。甘やかしてばかりいるのも良くないと思うので、時には泣いても簡単には言うことを聞かないでいるのですが、やっぱり泣いている顔を見ると可哀想に思えて言うことを聞いてしまいそうになります。子育てって難しい! でもそんな難しさを圧倒的に凌駕するくらいに子育てってめちゃくちゃ楽しいです。子供に新しいものを見せたり、子供が新しいものを見たときの反応を見たり、とにかく子供と一緒に過ごす時間のすべての瞬間が見逃せないというくらいに貴重です。日々成長する(新しいことを発見し覚えていく)姿を、出来ることならすべて記録して残しておきたいくらいです。 そんな息子が明日で1歳になります。今はとても懐いていて、これまでになく甘えてきてくれるのが嬉しい反面、いつまでこんな風に甘えてきてくれるのだろうと、その終わりを予想してしまうと少し悲しくもなってしまいます。まあでも今を楽しもうと思います。
小学校とか中学校の終業式の日には授業はなかったっけ、というのが今朝目が覚めて最初に考えたことでした。というのも、夢の中で同じことを終業式の前日に考えていたからです。何故かというと、終業式の前日のその日に学校のロッカーの中にあった教科書やらなんやかやを全部家に持って帰っていたから、もし次の日の終業式の日に授業があったら教科書ないよなあと思って、やっぱり終業式の日には授業はなくて学校も昼までで終わるんじゃないかという結論に至ったのでした。それで実際に次の日の終業式の日は授業はなく昼までで学校は終わりました。 小学校6年生に戻ったボクは終業式を終えて家路につきました。どういうわけか終業式のシーンはすっぽり空白で、前日にロッカーから荷物を引き上げたことと前述の終業式の日に授業があるのかないのか考えたこと、それからこれから書こうとしている終業式のあとで起こった変な出来事しか覚えていません。きっと実際の夢の中でも省かれたのではないかと思います。それで、学校から家路に向かう途中で妻が子供をベビーカーに乗せて歩いているのを見付けました。こちらに手を振ってくる妻に手を振り返しながら、コンビニに用があった妻には先に家に帰るように促してひとりでコンビニへと向かいました。場所はボクが実際に(夢の中ではなく20年以上前に現実に)小学校に通っていた地元でした。ただボクが向かったところにコンビニはなかったし、コンビニでビールの銘柄を見繕っているうちにいつの間にかそこは祖父母の家になっていました(祖父母の家は近くにあったので地理的にはおかしくない)。どういうわけか妻と子供を待たせていることをすっかり忘れてしまったボクは祖父母の家でシャワーして髪を洗ったりしてくつろいでいました。やがて家に帰らないといけないことを思い出したときには時計の針は6時を過ぎていて、『いつの間に。もう6時過ぎか』と思い、あわてて祖父母の家を出て自分の家に向かうところで目が覚めました。 それで目が覚めた時に『小学校とか中学校の終業式の日には授業はなかったっけ』と思って、実際に妻に同じ質問をしました。 学生に戻った夢は定期的に見ているような気がします。小学生だったり中学生だったり高校生だったり大学生だったりするのですが、だいたい共通しているテーマがあって、それは最初のうちは小学生(中学生、高校生、大学生)であるところの自分に何の疑問も抱いていないのだけど、あるとき突然自分がもう大学を卒業して働いている大人だということに思い至る、というものです。設定が高校生とか大学生の場合は目の前に迫った大切な試験だとか、単位を取得するのにどうしてもはずせないレポートの提出だとか、そういった試練を苦労して乗り越える必要がもうないのだという安心と共に現在の自分を取り戻します。 実際にそのような苦境に立たされたことは何度となくあったような気がするのでそういう夢を見るのかもしれません。自分がすでに学生ではないことに思い至ったときの安堵といったら、それが夢の中のものであったとしてもちょっとしたものです。ただ小学校の終業式の帰りに妻子と出会い、コンビニでビールを買って帰るという夢はどのような経験から来ているのか、どのように解釈すればいいのかちょっとわかりません。
7周年と今週末の出来事
すっかり忘れていたのですが、6月8日でこのブログは7周年を迎えました。読んでいただいている方にはいつも感謝しております。同じことを1年前にもしていたようです。というか真似したわけですが、すっかり忘れていたのは本当です。すっかり忘れてた。
最近はすっかり更新頻度が落ちてしまっていますが、いつも同じことを繰り返しますけど、自分のペースで続けていきたいと思います。よろしければ今後ともお付き合いください。
さて、今週末のことを書こうと思います。
4月から毎週土曜日に通っている子供のスイミング教室に昨日も行ってきました。この日はちょっと調子が悪かったのか、いつもなら何ともないようなことでもすこしぐずったりしていました。プールの中で高い高いしたときとか。それでも途中からは本来の調子が出てきたようで、先生にも(泣いてばかりの最初の頃のことを)覚えてもらってるいるようで『もうだいぶ水には慣れましたか?』と聞かれました。はい、と返事をしながら、(調子の波はあるものの)最初の頃に比べるとすっかり慣れたなあと思いました。
プールは12時から12時40分までで、まっすぐ家に帰ってきて子供にごはんを食べさせて少し昼寝させてから、近所の図書館と薬局にみんなで出かけました。図書館でCDと本を借り、薬局で買い物をして買える道中で駅前の和菓子屋に大福を買いに行こうという話になったので、荷物を家に置いてから駅前の商店街へ向かいました。大福を4つ買って、今度は隣駅の駅前のコンビニに用事があったので、またまた家に荷物を置いてからそちらへ向かいました。どちらの駅へも歩いていける距離の所に家があるので、どちらの駅前にも買い物に行くことが出来て便利です。コンビニと100円ショップで買い物を済ませてようやく散歩が終わりました。家のドアを開けては中には入らずに荷物だけ置いて出て行くたびに、子供に向かって『これで散歩終わりやと思ったやろ』と言ってました。
日曜日の今日は6時半くらいに子供と一緒に起きて(子供はもうすこし早く起きていたみたいだけど)、ごはんを食べさせたりおむつを替えたりして、子供がミルクを飲んでいる間にソファで寝そうになったりしながら、そのうち妻が起きてきたので交代して30分だけ眠りました。平日は妻がいつもそのくらいの時間がもっと早く起きて子供の世話をしてくれているので、休みの日くらいは交代しないとということで交代してみた第1回目が今日でした。
午前中のうちに、妻が最近見付けた家から歩いていけるところにあるホームセンターに出かけました。目的は、台所に置く作業テーブルを自作するための材料を買うこと。IKEAでテーブルを買おうかとか、楽天で簡単に組み立てられるパーツを買おうかとか紆余曲折を経て、最終的には木材を買って自分たちで組み立てるところに落ち着きました。いわゆるDIYってやつですが、そんなことしたことないので道具もないしうまくできるかどうかわかりません。でもまあサイズ的にも金額的にも満足いくものにするにはそうするしかないのでやってみることにしたのです。そのホームセンターでは木材を希望のサイズにカットしてくれるので必要な木材とねじを買って帰ってきました。ただ道具がないので、電動ドライバーをネットで見て買うつもりでいます(ホームセンターではちょっと高かったので買わなかった)。
昼ごはんを食べて午後はどうしようと話しているうちに、また同じホームセンターへ行くことになりました。今度はベランダに置くレンガと砂利を買うのが目的です。最近、妻がベランダでガーデニングをはじめて、タイルを敷いたりラティスを置いたりしているのですが、レンガと砂利でさらにベランダを強化しようということになったのです。曇り空でいつ雨が降ってきてもおかしくない感じだったので急いで向かいました。砂利10キロとレンガ10個を買い、砂利とレンガ4個をベビーカーに、残りのレンガを両手に持って子供をベビービョルン(抱っこひも)で抱いて帰ってきました。レンガがけっこう重かったのは意外でした。でも10個くらいではぜんぜん足りないので、また買いに足を運ぶことになりそうです。
UNIQLO CALENDAR おもわずみいってしまう。
村上春樹 1Q84(BOOK 1、BOOK 2)読了
村上春樹の1Q84を読み終えました。BOOK 1、BOOK 2それぞれ500ページくらいの全2巻です。合わせて1000ページ。
読み始めて最初に感じたのが、いつもと文体が違うということでした。これまでの作品で人称を使い分けたりしていろいろ試していたみたいだけど、村上春樹の3人称で語られる小説ではほとんどはじめて違和感を感じなかったのではないかな。スピードが出過ぎないように我慢しながら一定の速度をしっかりと保っているような文章だと思いました。ただBOOK 2の後半あたりからは(物語に関係してくるので細かくは書けませんが)物語世界の不安定さ、不確定さ、何者かが物語世界そのものに影響を及ぼしているような印象を文体で表現しているのかなと思ったりするところもありました。
まあおおむねおもしろく読むことは出来たのですが、読み終えた感想を一言で言うと『物足りない』。『カラマーゾフの兄弟のような小説を書きたい』とか『今度の小説はホラー』だとか漏れ聞くところがあったのですが、少なくともカラマーゾフのような小説では(もちろん)ないと思います。BOOK 2の終わり方から見る限り、少なくともBOOK 3は書くことになるのではないかと思うのですが、『スピードが出過ぎないように我慢しながら一定の速度をしっかりと保っているような文章』で書かれる必要があることでしょう。ある種の効果を狙った、思わせぶりな繰り返し、フレーズのインサート、などの多用は望みません。
それと、これだけ『親子』という関係性を取り上げたのも初めてなのではないでしょうか。
1Q84 BOOK 1村上春樹Amazon.co.jp で詳細を見る
1Q84 BOOK 2村上春樹Amazon.co.jp で詳細を見る
カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)ドストエフスキー,亀山 郁夫Amazon.co.jp…
妻が子供を妊娠したのがわかったのが一昨年(2007年)の秋のことでした。それから去年(2008年)の夏に出産するまでの妊婦検診には毎回付き添いました。そのときすでにボクは東京に単身赴任していたのですが、はじめのうちは月に一回、途中から隔週で受けた検診を毎回土曜日の午前中に予約して、検診のある週はかならず金曜日の夜に新幹線で大阪に帰るようにしていました。 もちろん毎回の検診にはしっかりとお金がかかりました(東京・大阪の往復の交通費も)。 [1][妊婦健診の助成、自治体で差 1人1万円〜12万円 - 政治] いつの間にか妊婦検診に助成金が出るようになっていたのですね。都道府県ごとの平均額を見てみると、大阪府は助成額が一番少ないみたいです。妻が長男を妊娠していたときには助成そのものがありませんでした。だいたい毎回五千円支払っていたと思います(妻に聞いてみたら、五千円くらいのときもあれば一万円くらいのときもあったようです)。妊婦健診は『出産前に14回程度受けるのが望ましいとされ』ているようなので、けっこうな額になりますね。でも助成のようなものは何もありませんでした(確定申告の時に家族の医療費をまとめて控除を受け取ったくらいです)。 これまで子供を育てようとしなかった人たちのうちどれだけの数の人が、助成金が出ることで方針転換し子供を作って育てようとするようになるのかは想像も付きません。もちろんないよりはあった方が良いのはお金の常ではあるわけですが、『妊婦検診にかかる費用の一部を自治体が負担してくれるんだって』『へー、じゃあ子供作ろっか』というわけにはいかないでしょう。このことだけでより子供がたくさん生まれるとはちょと考えにくい。 しかし元々子供を育てようとしていた人たちのサポートになることは確かだと思います。サポートは手厚ければ手厚いほど効果があるんじゃないでしょうか。(妊婦検診の助成額だけで言えば)大阪はもっとも子供を生むのに適した土地ではない、ということになりますね。 生まれ育った大阪を離れて2年くらいになりますが、その間に知事が替わって、いろんなところで予算が削減されているようです。予算を削減しないといけないのは負債があるからで、負債があるのは今の知事以前の歴代の知事の責任と言えるでしょうけど。 いつかは大阪に帰って子育てしたいという望みを未だ捨て切れていない身としては、なかなか厳しい現実を見せられたような気がしました。
先週の木曜日の夜のことです。いつものように仕事を終えて家に帰って食事をしてお風呂に入っていると、いつもとは違う子供の泣き声が聞こえてきました。それが全然やむことなく続くのでバスタオルで体を拭く時間も惜しむくらいに寝室へ入ったら妻が子供にミルクを飲ませたりあやそうとしたりしていました。それでも子供は泣き止むことがなく、泣き声は激しく、そしていつもとは違う音をさせていたのです。最初、ボクはそれがあまりにも激しく泣きすぎたばかりに咽せたり咳き込んだりしているのだと思ったのですが、そのうちのどに何か詰まっているのではないかと思い始めました。そのせいで(その違和感で)激しく泣いているのではないか、と。 抱いてあやしているうちに眠りはするものの、いつもなら数時間は寝てくれるのに数十分経つとまた同じように激しく咳き込みながら泣き出します。そしてとても苦しそうなので心配になって病院に連れて行った方が良いんじゃないかとか、それですでに時間外だったけど(夜の11時くらいだった)区のパンフレットに載っていた夜間診療窓口に電話して症状を伝えてすぐに病院に連れて行った方がいいのかどうか聞こうとしたら電話に出た女の人に『看護婦とか先生にこの電話をつなぐことは出来ないので、親の判断で連れてくるか連れてこないかしてください』と言われ振り出しに戻り、1度は連れて行こうかと思ったけどあやしているとしばらくは寝てくれるので、朝まではそのように泣くたびにあやして寝かせる覚悟を決めて、いつも行っている小児科に朝一で連れて行くことにしました。 妻は風邪気味だったので休んでもらうことにして、その夜はボクが子供をみることにしました。子供は2時くらいまで寝たり起きたりを繰り返していて、その後は朝まで何度か泣いていたけど比較的軽くあやすだけで寝てくれました。8時半に小児科を予約してあったので妻と一緒に子供を連れて行きました。お父さんが子供を連れてきているところが多かったのが意外でした。のどが少し赤く腫れていたみたいで、鼻水止めと咳止めの薬を処方されて終わり。待合室で症状を説明したときに看護婦さんが書き込んだカルテに『ゼロゼロ』と書いてあって先生もそれを『ゼロゼロ』と読んでいたので何だろうと思っていたら(初めて聞く言葉だったので)、のどに何か絡んだような呼吸をゼロゼロと呼ぶそうですね。てっきり看護婦さんが『ゼイゼイ』と書いた字を先生が読み間違えているのだと思っていました。病院を出て、少し早かったけどボクはそのまま会社へ向かい、妻と子供は薬局によって薬をもらって帰りました。 今回は夜中に子供を病院に連れて行かないで朝まで様子を見るという判断は間違ってなかったようですが、場合によってはそうでないこともあるでしょう。常にどうやって正しい判断を下すかというのはとても難しいです。ネットや本などで症状別に『こういうときは様子を見る』『こういうときはすぐに病院に連れて行く』というのを参考にしたりしていますが、実際に目の前で子供が苦しそうに咳き込んでいたり、特にいつもとは違う様子を見せるとどうしても焦ってしまいます。そういうときこそ正しい判断が出来るように冷静にならなければならない、とは分かっていても。過保護になって何でもかんでも病院に連れて行くというのは信条に反するので嫌なのですが、子供の症状を甘く見るのもいけないと思うし、難しいと思い知らされた夜でした。 そういうわけで毎週土曜日のプールはお休み。今週木曜日に振り替えたので妻に連れて行ってもらいます。今週は木曜と土曜とプールで(子供は)忙しいですね。 今回のことがあって、かかりつけの病院と、夜間の診療窓口の電話番号を iPhone に登録しました。
夏目漱石の小説
10年以上前のある冬に夏目漱石の小説をまとめて読んだことがあった。大学に入るためにとにかく英語を一生懸命に勉強していた頃で、とにかく英語の文章をひたすら読んでいた反動からかどうか、漱石の作品を読み漁った記憶がある。それがまたたいそう面白かった。そのときは特に門がたいそう気に入った。結局は何も起こらない様がその頃のボクの気概にあったのだろうか。しかしそれぎり読み返すことは特になかった。
ところで最近は読書できるのは通勤電車の中と会社の昼休みと、それからなんと言ってもお風呂の中です。いつもだいたい30分は半身浴をして汗をかくので、その間することがないので本を読んでいます。むしろ本を読まないと退屈なので30分もお湯に浸かっていられないかもしれません。それであるときに本棚から久しぶりに漱石の門を抜いたのでした(10年以上前に買ったまさにその文庫本なので古くかび臭い紙の臭いがした)。久々に読んでみるとよく覚えているところとそうでもないところとがあったのですが、以前にこの小説を気に入ったときと同じような気に入り方はもう出来なかったようでした。かといって面白くないこともなく未だに面白い小説ではあったのです。門を読み終えて、次は行人を、そして今はこころを読んでいます。特に行人は前半の舞台が大阪なので余分に楽しむことが出来ました。和歌山で嫂とふたりっきりになるところがもう物語のピークだと思っていたら、その後もまだまだずっと話は続いたので記憶の当てのならなさにあらためて思い至るような有様でした。
ところで漱石のこころという小説は中学校か高校かの国語の教科書によく載っているそうですね。ボクはたまたまそのような教科書には出会いませんでしたけど、いったいどのあたりが抜粋されてるんでしょう。遺書の部分なのでしょうか。
しかし『中 両親と私』のラストは見事だと思います。死にゆく自分の父親を残し、もしかしたらもうすでに死んでいるかもしれない先生からの手紙を携えて東京への電車に飛び乗り(死者からの)手紙を読み始めるところでスパッと終わり、『下 先生と遺書』が延々と続く。この切り替わりはなかなか効果的だと思います(父親がその後どうなったのかとか、そのせいで語られずに終わることも出てくるのですが)。
ところでボクがはじめて漱石の小説に触れたのはたしか小学校の高学年、11歳くらいの頃だったと思います。その頃怪我をして入院したことがあったのですが、ベットの上で一日を過ごすのが退屈で仕方なく、親に頼んで漱石の文庫本を揃えてもらったのでした。せっかく揃えてもらったものの、結局は吾輩は猫であると坊っちゃんくらいしか読みませんでしたが。
門 (新潮文庫) (装丁なし)
行人 (新潮文庫) (文庫)
こころ (新潮文庫) (文庫)
坊っちゃん (新潮文庫) (文庫)
今年のGW(Golden Week)はカレンダー通りでした。なので週の真ん中にポツンと4/29を休んで、5/2から5/6までの5連休を妻の実家の富山に子供を連れて帰りました。ところで4/29は昭和の日というそうですね。その前はみどりの日と呼ばれていました。平成になってからは天皇誕生日といえば12/23ですが(関係ないけどいとこの誕生日と一緒)、それ以前は4/29だったので、みどりの日になる前は天皇誕生日でした(関係ないけど4/29が誕生日の知人はいません)。第二次世界大戦前は天長節と呼ばれていたそうです。それ以前の天皇の誕生日はどうかというと、明治天皇の誕生日は11/3で今は文化の日という祝日になっていますが、『戦前から文化の日の制定までは、明治天皇の誕生日であることから明治節(明治時代には天長節)という祝日になっていたが、これとは関係なく定められたということになっている』(文化の日 - Wikipedia)そうです。大正天皇の誕生日に関しては何もないみたいです。明治天皇以前の天皇に関してはどうなっているのかわからないですが、今上天皇の明仁は125代天皇だそうなので、仮に全員の誕生日を祝日にすれば(それぞれの誕生日が重なっていなければ)それだけで一気に1年の3分の1が休みになあります。 まあそんなことにはならないと思いますが、今後このまま天皇制が維持されていった場合はひょっとしたら問題になるかも知れません。今の皇太子の誕生日は2/23だそうなので、次はこの日が天皇誕生日となり12/23は『平成の日』として祝日になるんでしょう。というように1日ずつ祝日が増えていくことになるのですから。日本は祝日が多い国らしいですが、このシステムが続く限り未来永劫祝日は増え続けるわけですから、そういう意味でも何とかしなければならないのではないかと思います。ただ『休みが増えるのは嬉しい』なんてあっけらかんと言ってのけられるほどのほほんとはしていられないのではないでしょうか。 と、日本の祝日について心配していたら思ったより長くなってしまったので、富山で連休を過ごしたことについてはまた別に書くことにします。
アサヒオフ(と一番搾り)
ここ数ヶ月で新しく始めたことというと子供に関することではたくさんあるのですが、その他でひとりで始めたことといえば、酒造会社のサイトのプレゼントに片っ端から応募することです。メーカーによっては意外と頻繁にプレゼントを行っていたりするし、1度会員登録してしまえば何度も名前や住所を入力しなくても済みます。ものによってアンケートやクイズに答えたりゲームをクリアしたりしないといけないこともあるのですが、まあ机に座って両手と頭を使うだけでビールが貰えるのならそのくらいのことは厭いません。
くじ運というようなものがあるとすれば、きっとボクは良くない方でしょう。子供の頃から懸賞なんかに当たった記憶がありません。ですから最近始めたこの新たな習慣にもそれほど期待は出来ないでいたのですが、3月4月と1回ずつ当選しました。このペースでいけば毎月ビールが送られてくることになりますね。3月はキリンビールさんから新しくなったばかりの一番搾りの350ml缶が2本箱入りで。そしてなんと今週火曜日にはアサヒビールさんからアサヒオフの350ml缶が24本箱入りで送られてきました。
というわけでさっそく飲んでみました。
下部の小窓から1本ずつ取り出せるようになっています。
3本取り出してみました。
お手紙も入っていました。大変おいしくいただきました。今夜も飲みます!
5月はサントリーさん、6月はサッポロビールさんで決まりですね!
子供が iPhone 噛みましてん
夜、仕事を終えて家に帰ると息子はだいたいすでに寝ているか、あるいはそろそろ寝るところが、もしくは妻が寝かせようとしているかのどれかなのですが、だいたいが8時くらいまでには寝かせています。育児雑誌なんかを見ているとちょっと早いくらいなのかなと思うこともあるのだけど、まあずっとそうしてきて問題から気にはしていません。遅くまで起きていて問題になることはあっても、少し早く寝ていて問題になることはないんじゃないかな、と。
まだ夜泣きをするのでボクたちが寝るまでの間にも、また寝てからも何度か泣いてミルクを与えたり抱いてあやしたりします。夜中はほとんど妻がやってくれています。そのこと自体は今はまだ当然のこととして受け止めているのですが、問題は子供がとても早起きだということです。だいたいいつも子供がボクの枕元でごそごそしている音や気配で目を覚まされます。それがボクが毎日起きようとしている時間の1時間から1時間半くらい前なので、ぼんやりとした頭で子供を(寝るときにはたしか畳んであったけど今見たらぐしゃぐしゃに散らかっている)タオルから遠ざけようと呼びかけたり、大抵が呼びかけても効果はないので実力行使で抱き上げて布団に寝かせて一緒に眠ろうとしたりするのですが(眼鏡を眼鏡ケースに入れて寝ることにした妻のアイディアは秀逸だった)、油断したときなんかにはどこをどう通って行ったのかわからないけど、気がつくと子供が自分の布団とは反対側にいることがあります。妻とボクの体を乗り越えていったのか、あるいは枕元をそうっと這っていったのか。子供から一番離れて(といっても間に妻を挟んで)眠るボクは、さらに子供の反対側に iPhone を置いて寝ています(アラームが必要なので)。気がついたら子供が右側にいた日は確か休日だったと思うのですが、朝起きて朝食を食べていると iPhone の液晶保護フィルターに何か傷のようなものが付いているように見えました。何だろうと思って見ていたのですが、裏面に付けているプラスティックのケースにも同じような場所に見覚えのない傷が付いているのでピンときたボクはケースをはずしてみて、そこに透明な液体が貯まっているのを発見したのでした。
寝てる間に子供に iPhone 噛まれた!
その次の日、iPhone の液晶保護フィルターに付いた傷が増えているような気がしました。そしてちょっとした液体が付着。
液晶保護フィルターと裏面にはめるタイプのプラスティックケースを付けていたので本体に傷は付いていなかったのですが、しかし寝るときに iPhone を置く場所を考えないといけませんね。布団の端を少し捲って隠しておいたら、今度はアラームに気がつかなくて寝過ごしてしまいそうです。
OverLay Plus for iPhone 3G 低反射タイプ液晶保護シート…
先々週末の日曜に妻が発熱して週の半ばまでしばらく続いていました。月曜日は息子も熱を出したので病院に連れて行ったりしたのですが、息子の熱は次の日くらいには下がっていました。妻の熱もようやく下がってきたところで、今度はボクが金曜日の昼くらいからのどに不調を感じ始めました。のどの痛みが増すと共に次第に鼻もぐずぐずとし始めそのせいか頭もどんより重くなってきたような気がして、嫌だなあ次の日は息子のプールなのに、と思いながら家に帰ってその日はさっさと眠りました。 次の日になってものどはまだ痛かったのだけど熱はないので昼からスイミングスクールに行って、その日は一日中雨だったので遠出はせず、雨に濡れない範囲で買い物をして帰ってきました。ユニクロで傘を買ったのですが、ビニール傘ではない傘を買ったのは何年ぶりのことでしょう。きっと10年以上かもしれない。ミスドが100円だったのでドーナツ4個買って帰りました。 金曜日に実家から届いていたボクの子供の時の写真が入ったアルバムを夜に妻と見ていたのですが、息子にクリソツ! アングルによっては(写真自体の古さを考えなければ)もしかしたら見間違うかもというくらい似ているものもありました。人から似ていると言われたり、自分でも似ていると思うことはあったけど、自分の生後間もないときの写真はあまり覚えがなかったので実際に見てみてちょっとした衝撃を覚えました。アルバムは小学校に入るくらいまでの時期を飛び飛びでカバーしてあったのですが、自分の顔が変わっていく様を見ていると、息子の顔もまた同じように変わっていくのだろうと当たり前のことに今さらながらに気がつきました。この子の顔はずっとこのままとどこかで思っていたのかもしれません。 日曜日は午前中に近所のスーパーと薬局で買い物を済ませ、午後からはひたすら家の用事に取り組みました。掃除、衣替え、ずっと手つかずになっていたこと、などなど。夕方に近所の図書館で落語と童謡のCDを借り、100円ショップでガムテープを買いました。のどは相変わらず痛くて鼻も詰まっていたのだけど熱はなかったので子供をお風呂に入れて(頭を洗っても泣かなかったし、湯船に浸かってお湯を吹いて飛沫を顔にかけたら笑っていた)、夜は友達から出産祝いにもらった写真立て(12ヶ月分、毎月1枚ずつ入れていくことが出来る)に入れる写真やそのほかに書類なんかをプリンターで印刷しました。最後の最後、写真あと1枚というところでインク切れ。今度の休日に電気屋で買おうという話をしていたのだけど、楽天で探してみたら純正じゃないのはけっこう安いのですね。詰め替えボトルや詰め替えるときにカートリッジに穴を開けるドリルなんてものまであるのですね。知らなかった。きれいに印刷されるなら純正じゃなくてもいいんだけど、どうなんでしょう。ちなみにプリンターはキャノンの iP3100 です。
子供が出来ると(そしてある程度育ってくると)毎週の予定というのが出来てきますね。この日は児童館、この日はスイミング、などなど。そういうわけで、毎週土曜日は子供のスイミングの日です。昼から行ってきました。 先週の土曜日で3度目なのですが、初回は妻が一緒に入って子供は大泣き。40分のクラスの間中ほとんどずっと泣いていたという偉業を成し遂げたわけですが、ボクと一緒に入った2回目も最初のうちは前回と同じように大泣きしていたのだけど、途中で水に浮かんで気持ちよかったのか、それとも泣き疲れていろんなことを(泣くことも含めて)諦めてしまったのか、まるで眠っているように目をつむっておとなしくなりました。数分そのようにして水の中をすいすいと進んでいるうちに次に目が開いたときにはあまり泣かなくなっていました。 クラスでは人形を使って説明をする先生の動きを真似るというのが基本なのですが、不安なのか息子はボクの首にしっかりと抱きついてくるので、脇の下に手を入れて抱きかかえただけでも泣きます。体と体が離れているのが不安なのでしょう。2回目のスクールの途中で眠ったような状態になった後、はじめて脇の下に手を入れて抱きかかえても泣きませんでした。そのうち、ボクが口を水につけてブクブクして見せると笑いすらしました。前回は泣いていてそれどころではなかったボールつかみも(ボールを水に浮かべて、子供がそれを掴んでカゴに戻すという趣向)出来るようになりました。後半はほとんど泣くことなく、慣れれば慣れるものだなあ(人間だもの)とボクたち夫婦は感心したのでした。 で、先週末が3回目のクラス。再びボクが一緒に入ることにしたのですが、今度はもう最初から泣くことはありませんでした。前回も前々回もやはり水に入るときには泣いたのですが、今回は40分を通して基本的には泣きませんでした。泣いたのは頭のてっぺんまで水の中に潜らされたときくらいでしょう。これはさすがに驚いて(水を飲んだのか咽せて)泣きます。それでもそれは長くは続かないし、それではと何度か口だけ水に浸かるようにしたときも、嫌がりはするものの泣くところまではいきませんでした。 初めての時がなかなか激しかったのでこの先どうなるかと思ったものの、実際にはそんな心配は無用だったようです。親の心配を他所に、子供はどんどんといろんなことに慣れ、身につけ、成長していくのでしょう。次回は連休中なのでお休み、次のスイミングスクールが今から楽しみです(本当は妻と交代で入ろうと言っていたのだけど楽しくて独占してしまいそうです :p)。
4月から9ヶ月の息子をプールに通わせることにしたのですが、土曜日がその記念すべき第一回目でした。まだまだ何もかもが初めての経験である我が息子にとってこれまた初めてのプール体験で、ボクたち夫婦にとっても子供をプールに入れる初めての体験ということです。両親のどちらかが一緒に付き添って入るのですが、初回は妻に付き添ってもらうことにしました。なのでボクはガラス張りの2階の見学ルームからビデオカメラをまわすこととなりました。 ボクが息子をお風呂に入れるのは週末限定なのですが、いまだに髪を洗う段になるとぐずつくことがあるので、プールに入って大丈夫かな、泣かないかな、きっと泣くだろうなと話していたら、案の定大泣きに泣いていました。見学ルームから妻と息子がプールに入っていた場所はちょうどプールの反対側で離れていたのですが、肉眼でも妻が抱きつく息子をあやす姿は見えたし、ビデオカメラのモニターには拡大された息子の表情が手に取るように映し出されていました。最初、カメラの設定でデジタルズームをオフにしたまま光学の5倍ズームで撮影していたのですが、ためしにデジタルズームを使ってみると多少画質は荒くなったもののすぐ目の前にいるかのように拡大して撮影出来たので、その後はずっとデジタルズームで妻と息子の表情と姿を撮影することが出来ました。 プールのあとはIKEAに買い物に行きました。行きも帰りもシャトルバスが補助席にギリギリ座れたという危ない橋を渡ることになりました。これまで本棚とかテーブルとかソファというような大きな家具ばかり買ってきたので、買ったものをすべて袋に入れて持って帰れることに(つまりレジの手前にある倉庫のような場所で重くて大きな箱を運ばなかったことに)一抹の物足りなさを感じてしまったほどです。 家に帰ると7時を過ぎていたので子供をお風呂に入れました。プールで大泣きしたあとだったので大丈夫かなと思ったけど、意外と機嫌良く入ってくれました。息子が寝た後、プールで撮ったビデオで息子の泣いてる姿を見て妻と笑っていると寝室で本当に泣いているのに気付くのが遅れてしまって反省しました。